2019年09月05日
婚活の方程式③
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婚活の方程式③
近代の初め、英国のベンサムという人はいった。
これからの人類がめざすべきものとは何であるか。
それは「最大多数の最大幸福」というバラ色の夢である。
しかし我々の住んでいる地球は残念ながら有限であった。
七十二億人分の幸福=豊かさなんか地球に乗っからない。
それどころか今、地球は悲鳴を上げている。
瀕死の状態だ。いくらでも幸福に、豊かになれるという、
前向きで、上昇指向で、ポジティブな、そんな夢が
所詮は儚い幻に過ぎなかったことが分かり始めた。
七十二億の幸福どころか、ホンの一握りの特別な人たち
のために、余りにも多くの名もない人たちが
犠牲になってきたというのが偽らざる近代の歴史である。
七十二億人が皆幸福になるというのがベンサム
の理想なら、
七十二億分の一の幸福をめざして我こそはと
皆が皆、眼の色を変えているのが現実である。
皆が皆、自分だけは例外で、選ばれた人種で、
いつかはきっと夢がかなってこの手に幸福を掴めると
信じたがっている。
そんなポジテイブな夢の洪水の中で溺れかかっ
ているのが、現代という時代に生きている二ホン人たち
のような気がしてならない。
苛烈な恋愛をして、めくるめくような思いをしてみたい。
でもそこには平々凡々たる日常への感情や感覚が
欠落している。そういうものが欠落していればとても
身近にいる平々凡々たる人たちを愛し続けることなど
できっこない。
それは夢を持つなということでもなければ、諦めよ、
ということでもない。
五人の家族がいるなら五分の一の幸福を満喫する心を
持たなければ世の中なんて成り立たないということなのだ。
ベンサムでないある人はこういった。
奪い合えば足らず、分かち合えば余る。
ぼくはこれこそ人類がいえる最も美しい言葉の一
ではないかと思う。
七十二億分の一の幸福をめざして我こそはと
皆が皆、眼の色を変えているのが現実である。
皆が皆、自分だけは例外で、選ばれた人種で、
いつかはきっと夢がかなってこの手に幸福を掴めると
信じたがっている。
そんなポジテイブな夢の洪水の中で溺れかかっ
ているのが、現代という時代に生きている二ホン人たち
のような気がしてならない。
苛烈な恋愛をして、めくるめくような思いをしてみたい。
でもそこには平々凡々たる日常への感情や感覚が
欠落している。そういうものが欠落していればとても
身近にいる平々凡々たる人たちを愛し続けることなど
できっこない。
それは夢を持つなということでもなければ、諦めよ、
ということでもない。
五人の家族がいるなら五分の一の幸福を満喫する心を
持たなければ世の中なんて成り立たないということなのだ。
ベンサムでないある人はこういった。
奪い合えば足らず、分かち合えば余る。
ぼくはこれこそ人類がいえる最も美しい言葉の一
ではないかと思う。
2019年09月04日
婚活の方程式②
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婚活の方程式②
貧しさもつらくない 4畳半に夢がある
嘘をつかない約束で 肌を寄せ合う二人なら
死にましょうか 生きましょうか
生きましょう 生きましょう
互いにめぐり会えただけ この世の神に感謝して
昭和最後の秋のこと 雨に打たれる彼岸花
震える愛が 震える愛が まだあった
飢えた日を忘れない 痩せて目だけを光らせた
そんな時代の子であれば 心だけでも満たしたい
死にましょうか 生きましょうか
生きましょう 生きましょう
笑えることがある限り 値打ちがあると信じつつ
昭和最後の秋のこと ときに晴れ間がひろがって
眩しい恋が 眩しい恋がまだあった
昭和最後の秋のこと 山の紅葉に照り映えて
色づく夢が 色づく夢がまだあった
震える愛が 震える愛がまだっあった
”昭和最後の秋のこと”
今は亡き阿久悠さんの歌詞。
もう平成最後の秋も通りすぎ、令和最初の秋が
訪れようとしている今日この頃、
ホントにこの歌って、昭和二十四年生まれの身に
沁みる言葉ばかり。
ささやかな四畳半一間のアパートから始まる
新婚夫婦の物語、いっぱいあったなあ。
だからこそ秋の空に浮かぶ白い雲のように
夢は果てしなくひろがった。
ひとりだったら侘しいだけの住まいも、
愛する女性と肩を寄せ合えば、陽だまりみたい。
叶うか叶わぬかなんて野暮なことは思わない、
必ず叶うと、ことさら根拠がなくとも信じることが
夢であり希望だった。
小坂明子さんの「あなた」という歌も大ヒットした。
♫もしも私が家を建てたなら小さな家を建てたでしょう
大きな窓と、赤いバラと白いパンジー
子犬の横には、あなたがいてほしい♫
作曲家の団伊玖磨氏なんかにいわせると、
建売住宅の宣伝みたいでウンザリらしいが、
シャンデリアの下の画に書いたような世界しか
知らないひとには分からない、
つつましいありきたりの幸福のぬくもり・・・
それが分からないなんて可愛そうだね。
そんな建売の住まいなんてぶっ壊したくなるんだって。
あの頃の貧しい新婚夫婦も
令和の今はみんなおじいさんおばあさんになって、
孫やひ孫に囲まれているんだろうか?
僕が見知ってる限りでは、あんなにキラキラ輝いていない。
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2019年09月02日
婚活の方程式①
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婚活の方程式・・・・?
結論からいえば、そんなものない。
そもそも方程式という考え方そのものが万有か
といえばそうではない。どこかマユツバである
ということをアタマに入れといた方がいい。
お金儲けならあるかもしれないが、
どうもそれさえ最近とみにマユツバになってきた。
それでは人間が生まれ、生きて、死ぬという
かけがえのない人間の物語の中にはどうか?
というと・・・いやいやそんなこと
僕がどうのこうのいうことじゃない、
それはあなた自身が考えることで、
こたえはあなた一人の胸の中にある。
ニュートンの方程式は林檎が枝から落ちる場合
にはなり立つが、
林檎の葉っぱがゆれ落ちる場合には成り立たない。
(学校では教わらなかったけど)
で「婚活」とはなにかといえば、
それは紛れもなくリンゴの葉っぱのことなのだ。
方程式には必ず正解がある。
正解がなければ方程式ではないのが方程式。
これを必然性(こうすれば必ずこうなる)という。
しかし世の中の大部分は当たるも八卦当たらぬも
八卦、つまり偶然性が支配しているのは御存知の通り。
結婚も偶然の産物だ。運命の赤い糸は方程式のように、
数値としての答えがあることを前提していない。
想定は可能だが、想定の範囲外は”フクシマ”のように、
限りなく広がり、それと反比例して範囲内は限りなく狭まる。
それを決めるのは誰?他ならないあなた自身。
マックスウエルの熱力学や、ハイゼンベルグの量子
力学などの最先端科学では、人生なんて
闇夜のカラスみたいなものだと教えている。
人生は闇夜のカラスというのは、言葉を換えれば
人生は無限の可能性を秘めているという事でもある。
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