2022年09月19日
シアワセなビンボーの秘訣教えます
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シアワセなビンボーの秘訣教えます
僕は最近つくづくと思うのだが、神様はやっぱり天下万民に
平等だった。なぜならばである、ビンボーになる自由を与え
られた。すべてのこの欲深い人間どもにも、である。
我欲を捨て去れば、そこにシアワセが微笑んでいる。名刺を
すぐ出したがる人間は嫌いだ。
肩書きとかキャリアとかは、宮台風に言えば要するに物格で
あって、人格ではない。
人格とはすなわち仏格にほかならず、欲にとらわれている限り
絶対に得られない。
物格と物格との不断の摩擦が、社会と日常を物格化し、かく
して時代の固定観念となる。
しかして、現在その固定観念(パラダイム)が99%の人々を
大いに苦しめている。そしてもっとこの艱難辛苦があっとい
う間にガリバー化するだろうと想定し始めた。
そのときパラダイムは空洞化し、社会的不条理に化け、
99%の人々の憎悪の対象となる。
ベンサムらが思い描いた最大多数の最大幸福といういわゆ
る「功利主義」は、思いもよらぬ軌跡を辿り、いつしか帝国
主義やフロンテイア争奪戦、市場のマフィア化を招来してし
まった。
富の最大化をひたすら目指せば、そこにこそ最大多数の最大
幸福が待っているというのが「功利主義」の考え方である。
しかし実際にそこに待っていたのは、モンスターのような社
会的不条理であった。
市場経済は際限のない競争と対立を生み、人と人の間から紐
帯を奪っただけでなく、森羅万象の道理と対蹠的で、自己破
滅的な、人工的サブ生態圏を創出した。
対立は対立を生み、憎悪は憎悪を生んだ。人々は孤立し、存
在の本質を喪っていった。
功利主義は迷走に迷走を重ね、あげく愚かなるエゴイズムの
世界を展開する。それが近代の西洋的合理主義のゴール地点
であった。
功利主義は一寸した思い違いに陥っていた。ビンボーだから
不幸なんだと考える人はおそらくお金持ちになってもシアワ
セにはなれない。
裕福な、いわば選ばれし階級や、彼らの上品なサロンには人
格が感じられない。うすっぺらな虚栄があるだけだ。
シアワセはそこかしこにキラキラと輝いている。シアワセに
は大きいも小さいもない。シアワセは相手を選ばない。
それはいつもただそこにある。そして誰かがやってくるのをの
んびりと待っている。野に咲く花のように・・・・。
そういうふうに世界はできている。
そこに気がついた人はビンボーでもシアワセだ。そしてビン
ボーでもシアワセな人はもちろん豊かになってもシアワセだ
ろう。
シアワセとは、自分がおかれている状況や条件のことでは
ない。そんな状況や条件に自分がいかに対応できるかという
問題に他ならない。
何事にもホンモノとニセモノがありホンネとタテマエがあり
ホントとウソがあり、本質と皮相がある。
perspective(観点)は常に多面性を持っている。優勝劣敗
という二面性はアングロサクソンのperspectiveである。
この高度資本主義ののウソと欺瞞に満ちた金融空間は彼らの
perspectiveであるにすぎない。
つまり、ビンボーとは彼らにとっては、幸不幸云々のまえに
許すべからざる悪徳に他ならないのだ。
日本人のperspective(観点)はもっと成熟している(い
た)。
戦国時代でさえ、優勝劣敗という観点は二の次だった。
”ヤアヤア我こそは・・”なんてアングロサクソンに言わせれ
ばクソみたいなもんだ。
日本人のperspectiveは,アングロサクソンのperspectiveには
武器を使った戦争でも金融戦争でも勝ち目はない。
その日本人が戦後、アングロサクソンのperspectiveを真似し
たから,日本人の心が誤作動をおこして方向性を見失った
のだ。
日本人には日本人のやり方がある。日本人は日本人の土俵の
なかでしかシアワセを見出せない。そしてそれは断じて豊か
になることとイコールの関係ではない。
思い切って飛躍していえば、日本人の理想は西行法師の生き
方に象徴されている。
すべての物格をすてさった,生死一如のなかに,日本人らし
いシアワセの原型か理想像があると僕は思うのだ。
2022年06月27日
風よ空よ、歌え♬
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風よ空よ、歌え♬
世界を裏で操ってる正体が見えないなんてあたりまえだ。
だってそれは人でなくカネだからだ。
資本自体が自己目的化して人を動かしている。
そして人間自体がそれに気づいていない、
っていうのが今という時代の怖さだ。
金利が金利を果てしなく、二十一世紀という時代ではコン
マ何秒のサイクルで産み続けるという、ネズミ算も真っ青の
異様な増殖能力に人間が敵うわけがない。
その証拠に、経済先進国になればなるほど出生率は下がり
続ける。カネはヒトの生殖能力さえも奪ってしまう。
カネがカネであり続ける限り、ヒトはヒトでなくなり続ける。
だがついに金利ゼロとかマイナスとかの時代がきた。
ザマアミロ!!神がただの紙になる。
元々が無一文の人間や他の生き物には痛くもかゆくもないが、
そうでない人間には地獄のような時代がきたわけだ。
ようやくね、、、、。
風よ空よ、歌え♬ 地上の草たちよ踊れ、軽やかに。
僕たちが君たちに残せるもの、君たちが僕たちに残せるもの
ってなあんだ。
今日はハル君の誕生日です。
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風よ空よ、歌え♬
世界を裏で操ってる正体が見えないなんてあたりまえだ。
だってそれは人でなくカネだからだ。
資本自体が自己目的化して人を動かしている。
そして人間自体がそれに気づいていない、
っていうのが今という時代の怖さだ。
金利が金利を果てしなく、二十一世紀という時代ではコン
マ何秒のサイクルで産み続けるという、ネズミ算も真っ青の
異様な増殖能力に人間が敵うわけがない。
その証拠に、経済先進国になればなるほど出生率は下がり
続ける。カネはヒトの生殖能力さえも奪ってしまう。
カネがカネであり続ける限り、ヒトはヒトでなくなり続ける。
だがついに金利ゼロとかマイナスとかの時代がきた。
ザマアミロ!!神がただの紙になる。
元々が無一文の人間や他の生き物には痛くもかゆくもないが、
そうでない人間には地獄のような時代がきたわけだ。
ようやくね、、、、。
風よ空よ、歌え♬ 地上の草たちよ踊れ、軽やかに。
僕たちが君たちに残せるもの、君たちが僕たちに残せるもの
ってなあんだ。
今日はハル君の誕生日です。
2021年08月07日
私について②

私について②
社会に適応する、就中、社会に評価される、
そのためだけに想定された自分の姿、若いうちな
らともかく墓場の前まで、、、。
言っとくが、それは自分の写像ではあっても、断じて
実像ではない。
自分が自分でないまま、あの世に逝ったら、きっと
迷路にはまるだろうなあ。
`
人の心というものは何がしかに依存することなしに生
きる事はできない。
何にも頼らずに精神の平安を保てる人を僕たちは聖人
とか仙人とか呼んでいる。
依存するのは仕方がない事だとしても、問題は何に依存
しているかだろう。
いつまでたっても自分の居場所が見出せないどころか、
いよいよ泥沼にはまっていくような救い難い依存もあれ
ば、苦悩の涯に新しい地平線が見えてくるものだって、
確かにあるのだ。
`
現代を生きる人々を見ていて痛ましく思うのは、自分本
来の姿からどんどん遠ざかっていくように見える事だ。
なぜか?
僕の考えでは、なぜ自分がここで生まれ、ここで育った
のかを教えてくれるものがどこにもないから。
「土地」にもしわ(皺)があるという。しわがない土地
とは何か・・・それは無機質な面積である。
シワが刻まれていない心もまた、無機質な面積でしかな
いのかもしれない。
`
宮本常一は 柳田国男が日本の「原型」には入らない
(例外)とした庶民の人生を、各地の民間伝承や老人た
ちの話から、丁寧に拾い上げ、一冊の本にまとめ上げた。
それが「忘れられた日本人」である。
宮本が「忘れられた」という言葉に込めたものとは・・?
現代の日本人一人一人が見失ったものがそこにあるよう
な気がしてならない。
糸の切れたタコの糸を手繰っていくとそこに見えてく
るもの、それなくして一個の人間としてのアイデンティ
ティはないのでは。
”あなたの過去にはこだわらない、ありのままのあなた
がいいの”、だが、そのありのままのあなたがあなた自身
にもよくわからない。
そういう自己矛盾に対する答えが「忘れられた日本人」
ということではないのか。
杜があり、川があり、段々畑があり、神社があり、地租
神がある。
それぞれがかけがえのない物語をひめている。
あの戦時下の日本では、日本人一人が力づくで自分から
切り離され、国家という全体の物語の中に組織化された。
戦後になってそういうものから解放されたかといえば、
実はもっと深刻になった。
そこにはもう、自分の村の物語も、自分の家族の物語も、
したがって自分自身のかけがえのない物語もなかった。
過去の一切から切り離された、シワのない面積だけが
そこには中空に浮かんでいる。
2021年04月22日
もうすぐ母の日 、親の背を見て
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もうすぐ母の日
、、、親の背を見て
親の背を見て子は育つというが、僕は母さん、
あなたの何を見て大きくなったのだろう。七十一
歳になった今も、僕の瞼に焼き付いて離れないあ
なたの姿がある。
一つ目、、、、
白い砂浜に足跡を残して帰ってくるあなたの姿。
黒いオーバーコートの襟元から覗いた顔色にビッ
クリしたのを覚えている。その憔悴した様子の訳
は子ども心にも分かった。
二つ目、、、
水玉模様の雨傘をさして、小学校の校門に消えて
いったあなたの後ろ姿。僕の耳の奥には「遠くの
町に働きに行く」という言葉がこだましていた。
三つ目、、、、
父に手を引かれて出かけた見知らぬ長屋の扉を開
けると、そこに満面の笑みを浮かべたあなたの顔。
あれから半年後の昼下がりのことだった。
`
僕が小学校に入学する年に我が家は倒産した。
それからあなたはどんなに切ない思いを重ねたこと
だろう。
苦労知らずだったあなたは、その苦難の中で別人の
ようなあなたになった。か弱い女性から男勝りの逞
しい女性に生まれ変わった。
そうなりたかった訳でなく、そうならざるをえなか
った、僕たち四人の子どものために・・・。
`
そんなあなたの人生を目のあたりにして僕は育った。
思えば、あなたは僕たちへの深い愛情を肥やしにし
て人として大きくなり、その背中を見て僕たちは人
として大切なものは何であるかを学んでいった。
借財こそあれ、形のある財産は何一つなかったが、
それを補って余りある遺産を遺してくれたと、
今僕は心の底から感謝している。
`
そして今、僕の二人の息子は三十歳代のオッさんとな
り、そのオッさんの息子(六歳)と娘(四歳)の、
まあ、手取り早くいや孫と一緒に暮らしている。
その孫たちに、この七十一歳のジイジの後ろ姿はどう
見えるのだろう。
いやはや、正直なところ限りなく自信がない。
最近では、、、、
「親の背を見て背を向ける」子が増えてると聞くが、
少なくともそりゃないかな、なんて思ってつかの間
胸を撫で下ろしたりしている。
2021年03月23日
ロマンスには卒業があっても ロマンにはない♫
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ロマンスには卒業があっても
ロマンにはない♫
ロマンって、いうならば、、、、
沈まない夕陽のようなものかな?
そういえばこんな夢みたことがありました。
`
”まだ若い僕はなぜか工員(多分小さな工場の)で、
仕事を終え家路を急いでいる。
小脇に空になったアルマイトの弁当箱を抱えている。
夕焼けに染まった空の下に、
下町の家並みがひろがり、そのむこうに
二階建てのオンボロアパートが垣間見える。
吹く風は冷たいが、胸中はほっこりとあたたかい。
給料日だったのかもしれないが、
僕ははっきりと知っているのだ。
あのアパートの二階の一室で、
大きなお腹を抱えた妻が、
フン、フンと鼻歌をうたいながら、
夕食の支度をしているのを。
部屋のドアがひらいて、姿を現した妻が、
僕を見つけて手を振らないかな
僕は両手を一杯にひろげて返すのに、
と思ってふと気づく。
そうだ、僕からアパートは判っても、
アパートから僕は判らない。
そう思ったら、歩いても歩いても、
アパートは彼方に佇んだままで、
身重の妻はフンフンと鼻歌をうたっていて、
僕の心はほっこりで、空はずっと夕焼けのまんまだった。”
`
あの夢はほんの一瞬の出来事だったろうか。
永遠に続く物語だったような気もします。
不思議、不思議、妻も年老いたけれど、僕にとって
彼女の存在は永遠の不思議なのかな。
さあて、あなたにも大切なあなただけの物語があるはず。
あったはずだし、これからだって作れるはずだと思います。
いつまでも、子どもの頃のようにいつまでいつまでも
ロマンを・・・・。
2021年01月26日
イケメンゴリラの結婚記念日

イケメンゴリラの結婚記念日
今日は次男夫婦の結婚記念日だ。
確かあの日は熱が40度近くあって、
少し朦朧としながら出席したなあ。でも、オモロイ演し
物が盛りだくさんで、いつしか風邪もどこ吹く風になっ
て楽しませてもらった。
福岡の妻の両親も前々から楽しみにしていたが、
体調がすぐれず、やむなく欠席になってしまった。
長男にしても次男にしても、幼い頃からそれはもう可愛が
ってもらったし、二人とも祖父母が大好きだった。
宴が進み、父親挨拶のおりに、型どおりのちっとも面白く
ない話をした後、予定が押していたのか司会者がマイクを
他の人に渡そうとしたのを強引に取り上げて、祖父母から
のメッセージを代読した。
それなくして次男の結婚式なんてありえないぞと思ってい
たからだ。書いてあること自体は取り立てていうほどのこ
となかったが、僕たちにはそこに溢れている思いが痛いほ
どわかった。
今頃夫婦でこの式の様子に思いを馳せているのだろうなと
思いつつ噛みしめるように読んだ。
涙もろい僕たち夫婦だがその時は泣かなかった。
絶対泣かないぞと堅く自分にいい聞かせていたからだ。
しかし、新婦の美帆ちゃんが幼い頃になくしたお母さんに
捧げるメッセージ「天国のお母さん聞こえますか、、、」
というくだりでは、もうダメだった。
もう恥ずかしいくらいボロボロになってしまった。
あれからもう八年か、、、ハル君が生まれ、二つ下のミー
ちゃんが生まれ、六歳と三歳だ。
家族六人が一つ屋根の下で、毎日それはもう賑やかすぎる
くらいの毎日を送っている。
今からほんの三十数年前には、長男次男が二人と同じく
らいの年頃で、気象の激しかった実母が、小春日和の
陽だまりで戯れている時なんぞ、まるで阿弥陀如来さま
のような笑顔になった、あの母が、、、、。
苦労に苦労を重ねてきたのを目の当たりにしてきただけ
に、そんな様子に胸がいっぱいになったし、妻にも感謝
したなあ。
それから歳月は矢のごとし、今ではあの頃の母の境遇に
いることに気づいたりする。そしてつくづく思うのは、
およそ人の一生あるものにおいて、こんな孝行にしくもの
はないということだ。
「ひとついいことを教えてやろう。本当の幸せというものは
不幸せでも生き抜くことだ、分かったか、ベラボーめ!」
「はいはい、わかりました、、、っていうか、なんかよく
わからないというか、、、」
「うん、それでいいんだ、それでな、ベラボーめ!」
2020年12月22日
ジイジのサンタクロース

ジイジのサンタクロース
胸に手をあて、忍び寄る老いの足音に
虚心坦懐に耳を傾けよう。
小高い丘の上に登ると、
追憶という名の風景が見下ろせる。
秋空に浮かんだ一朶の雲が、
あなたに訊ねる、風のように、
生きてきてよかったかい、、、
それは美しかったかい、、、
`
「求めたものは一つとして与えられなかったが、
願いはすべて聴き届けられた」(渡辺和子)
`
世界がやさしい眼差しで溢れている。
ハル君、ミーミー、
ジイジにもサンタさんがやってきたよ。
君たちにやってきたようにね。
あれっ!太ったジイジのようなサンタさんだ。
ようこそ、お久しぶり。
2019年11月02日
名もなく貧しく美しく
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名もなく貧しく美しく
今はまだ名もなく貧しく美しい熊本大学のオ
ンボロ学生寮(旧五高時代の遺物?木造二
階建て)の連中は、やはり人に言わせれば、
名もなく貧しく美しい、明治の気骨と大正ロ
マン丸出しの父と母と、夜間高校に通う息子
が営むオンボロラーメン屋と見事にコラボし
てしまった。
たまたま七、八人が鉢合わせになると、
宴会状態になる。酒が出ておでんが出る。
酒の肴が欲しけりゃ何でもつくる。
するともうたちまち二十人だ。医学部以外の
全学部生がいるし、マルキストも体育会系硬
派も、生真面目もいれば、ちょいヤバイのも
いる。
共通項は貧しい事、それもハンパじゃなく。
もう一つの共通項といえば議論好きな点。
だから酒が入るともう大変なのだ。喧々諤々
のカオスの坩堝が現出する。
そうなると父と母のお尻がむずむずしだして、
よせばいいのに商売なんかほっぱらかしだ。
議論が行き詰ると、黙って聞いている父の方
にふられる。
「親父(あるいはさんづけで)どう思う?」。
ラーメン屋の親父は待ってましたとばかりに
口をひらく。戦時中には上海特務機関で何度も
死線を潜ってきた男の言葉には、やはり重みも
説得力もリアリティもタップリ。
若い連中が耳を傾けている。しかし聴きっぱ
なしじゃすまない。”親父”だってはねっ返りを大
いに楽しみにしている。
二つの世代と時代が縦横にクロスしてやまない。
そうして戦いすんで日が暮れた、宴の後のがらん
とした店内で、父と母が「今の若者も捨てたモン
じゃないな」なんて、なんかありきたりのセリフ
をつぶやいていた。
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2019年10月14日
ハル君、ミーちゃんの運動会
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ハル君、ミーちゃんの運動会
早朝より便秘地獄におちいって遅参。ミーちゃん
の出番には間に合わなかった。残念。
かろうじてハル君のかけっこには間に合った。
最終の組で日頃の仲良し三人組が和気あいあいで
走って、同時一着かい。
一年でハル君はすっかり少年っぽく、
ミーちゃんはお姉ちゃんっぽくなった、
というか、なってしまった、というか・・・。
年々催しがあるたびに、悲喜交々、なんか
余情いんいんたる心境なり。
昨年の運動会も思い出すが、この齢になると、
パパたちがこんなに幼かった時代の運動会のメモリ
もついでに蘇える。
そうそう、年少組のかけっこではスタートするや、
観客席のママのところに一目散の子や、ゴールあと
も走り続ける子がいたりで、爆笑に次ぐ爆笑、
福岡からわざわざやってきたジイジと、
今年天国に逝ったバアバも一緒に腹を抱えて笑った。
楽しかったなあ。
時よとまれの心境だが、とまっていたらば今日の日
はなかったし、明日だって来ない。
地球は回る、時は変わり、暦はめぐる、
ぐるぐるぐるぐる、わ~眼が回りそう。
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2019年09月14日
寅さんお帰りなさい
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寅さんお帰りなさい
日本人がJapaneselikeを話せなくなって
久しい。日頃母国語と思って当たり前に
口にしているそれはホントにそうなのか?
地球が人類との関係性の中でしか生きら
れなくなったように、
その人類自体がアングロサクソンとの関係
性の中でしか息をすることができなくなった。
圧倒的な物理力の恩恵?がそれらを可能に
した。
時折思う、なんてことだと。
白人種といい有色人種という、黒人も褐色
も黄色も一緒くたに。有色に対応する色な
ら無色なのに。
白色の人たちはアタマの天辺から爪先まで
「自我=エゴ」の文明であり、
「自己=セルフ」、つまり自他の帰一を確立し
時折思う、なんてことだと。
白人種といい有色人種という、黒人も褐色
も黄色も一緒くたに。有色に対応する色な
ら無色なのに。
白色の人たちはアタマの天辺から爪先まで
「自我=エゴ」の文明であり、
「自己=セルフ」、つまり自他の帰一を確立し
ようとすれば他者が不可欠となる。
明治以来、日本人はひたすらそんな他者とな
るためのキャッチアップに明け暮れてきた。
ぼくたちの心の奥にはキャッチアップに取り
残された不可視の故郷があり、
それが寅さんなのだと思っている。
明治以来、日本人はひたすらそんな他者とな
るためのキャッチアップに明け暮れてきた。
ぼくたちの心の奥にはキャッチアップに取り
残された不可視の故郷があり、
それが寅さんなのだと思っている。
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2019年08月08日
保守と文化とイヌイット
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保守と文化とイヌイット
「保守」とはなんぞや・・・とは、つい思いをめ
ぐらしてしまうテーマだ。
いや、七十歳になった僕にとっては、
夏休みの終わりの最後の宿題なのかもしれない。
、、、、
フランスの大臣がとある南洋の島を
視察旅行した。
ささやかだが心のこもった歓迎会のあと
演説があった。
「私たちの国には文化が一杯ある。
自動車にTVに冷蔵庫にエアコン・・・
ないものはない。
だが見た所ここにはなにもないようだ」
それを聞いた酋長はいった。
「真っ青な海には無数の魚が泳ぎ、陸に
のぼれば森に枝もたわわにバナナがなっ
ている。
あなたのお国ではそういうものは文化と
は言わないのですか?」
ぐうの音もでなかったらまだしもだが
そうはならない、決してね。
、、、、
文明とは病だ、って誰かが言ってたな。
文化とは所与の(自然)環境に適応して生きていく
人類のかけがえのない有機的な知恵の体系。
それに対して不適応が起きれば文化は滅び、
その人間共同体も心中する。
保守が回帰ということならば、どこに
還るのかが問題、当然のおハナシ。
戦前回帰だって?明治のことかな?昭和一桁十年代
に帰りたい・・・?そんなバカな。
どうせならも少しさかのぼってしえばいいだろう。
パックストクガワ―ナなら上出来か。
幕末の国学者平田篤胤は、縄文まで行っちまえ
なんて言ってた。日本のアルカデイアはそこにあるん
だって。
こころのありかをどこにおくか、それが問題かなあ。
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2019年06月23日
夢を見たいなら眼を醒まそう

夢を見たいなら眼を醒まそう。
見たくないなら眼を閉じよう。
♡
ミーちゃんがネンネの時間にジイジとバアバの部
屋にちん入した。この時間になると頑なにネンネ
を拒否するんだ。
”何でえ、何でえ”、、、夜になると寝るものという
オトナの習慣がどうしても理解できないミーちゃん
である。十時過ぎにはお眼ゝも閉じるだろうとタカ
くくっていたらば甘かった。
そばでゴロン(ジイジ大喜び)したかと思うと起き上
がり、アッチャコッチャとせわしないこと、ナント小
一時間ナリ。瞼が半ば閉じてもうろうとしながらもま
だやまない。時計をみると十一時。さすがに業を煮や
したママがやってきてミーちゃんも観念した。
またおいでねえ、たまにはだけど・・・。
夢を見たいなら眼を醒まそう。
2019年02月28日
老兵はただ去りゆくのみ
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老兵は死ぬべし、ただ去りゆくのみ
しばしば現代は成熟しない社会だと言われる。
だがそれは老害の一つであるに過ぎない。
つまり疲れているのだ、つくづくと。
成熟は秩序と整理整頓を希求してやまない。
四歳の孫のハル君も、三月で二歳のみいちゃん
も散らかすのが好きだ。
みいちゃんのために拵えたお雛様も、放題にさ
せたら見るも無残な結果を招くのは眼に見えて
いる。
成長は成熟ではない、成長は散逸と混沌をこよ
なく愛する。だから大人の成熟が子どもの成長
に干渉しすぎると挫折する。
今の政治も経済も成熟の極でつくづく疲れている
だけだろう。つまり成長から見放されている。
彼らは定まった社会ルールや伝統をベースでしか
考える事をしないので、それだけ脳のエネルギー
を消費せずにすむことになり、知性が低い人たち
をひきつける。困ったもんだ。
成長というのは、
外界の影響から自由な状態で、結合や反転を行い
ながら自由に自分を展開することである。
時代は晩秋、見えないところで成長点が芽生えつ
つある。すると世の中にもきっと春が来る。
・・・老兵は死ぬるべし、ただ去りゆくのみ。
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2019年02月21日
我が家は多分お金持ちだった?
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我が家は多分
お金持ちだった。
…昭和の子どもたち
我が家は多分お金持ちだった。
僕が小学校に入学してすぐ家が倒産する
まではね。
昭和20年代の、佐賀県唐津市とい
う小さな町で、3階建てはバスターミ
ナルと我が家だけだった。
母の実姉の亭主は(多分悪名高い)博多
でも指折りの富豪だった。
子どものない夫婦はガキん子ながら天晴れ
大人顔負けの大風呂敷だった僕のことが
お気に入りで、養子に欲しがっていた。
小学校入学すぐお迎え遠足(そのときす
でに家業は倒産していたが幼い僕は知ら
なかった)があった。近くの山だったが・・
当時のことだし、弁当を持ってこられない
クラスメートが5,6人はいたかなあ。
にぎやかな昼食時、彼らは背中を向けて
なぜか皆同じように膝を抱いて、山の上か
らの風景を眺めていた、多分空きっ腹を
抱えてね。
そんな後姿に僕は同情するどころか、
今なら許せないところだが、どこか蔑みの
気持ちを抱いていた。
あいつら貧乏人なんだって。
秋が来てまた同じ山に遠足があった。
そのとき僕は5,6人のクラスメートの仲間入
りをしていた。
彼らと肩を並べて山の上からの風景を眺めた。
空きっ腹を我慢しながら・・・。
そしてその体験が、僕の生涯最高最良の教訓
になった。あの風景を七歳の心に刻んだこと
はよかった。
養子にもいかなくよかった。
天国の母さん、僕を愛してくれて有難う。
僕が小学校に入学してすぐ家が倒産する
まではね。
昭和20年代の、佐賀県唐津市とい
う小さな町で、3階建てはバスターミ
ナルと我が家だけだった。
母の実姉の亭主は(多分悪名高い)博多
でも指折りの富豪だった。
子どものない夫婦はガキん子ながら天晴れ
大人顔負けの大風呂敷だった僕のことが
お気に入りで、養子に欲しがっていた。
小学校入学すぐお迎え遠足(そのときす
でに家業は倒産していたが幼い僕は知ら
なかった)があった。近くの山だったが・・
当時のことだし、弁当を持ってこられない
クラスメートが5,6人はいたかなあ。
にぎやかな昼食時、彼らは背中を向けて
なぜか皆同じように膝を抱いて、山の上か
らの風景を眺めていた、多分空きっ腹を
抱えてね。
そんな後姿に僕は同情するどころか、
今なら許せないところだが、どこか蔑みの
気持ちを抱いていた。
あいつら貧乏人なんだって。
秋が来てまた同じ山に遠足があった。
そのとき僕は5,6人のクラスメートの仲間入
りをしていた。
彼らと肩を並べて山の上からの風景を眺めた。
空きっ腹を我慢しながら・・・。
そしてその体験が、僕の生涯最高最良の教訓
になった。あの風景を七歳の心に刻んだこと
はよかった。
養子にもいかなくよかった。
天国の母さん、僕を愛してくれて有難う。
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2018年12月18日
どっかジプシー
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どっかジプシー
小説では、モームの「月と六ペンス」の
チャールズ・ストリックランド
(ゴーギャンがモデル?)
日本人では西行法師、南方熊楠・・・・・
漫画家では水木しげる、赤塚不二夫・・
現役では、木村秋則さん(奇跡の林檎)、
樹木希林さん(残念ながら今は・・・)
みんな、群れない、組織と相性が悪い、
予定調和が大嫌いで、
ケッコー行き当たりばったり
お金にも、名誉にも無頓着、
どっか浮世離れしてる、
周りの評価を気にしない、
というより評価の仕方が難しい、
関心事が他の人と根本的に違う
・・・等々
そういう人たちがお気に入りのジイジって
なんだろね?ミーちゃん、ハル君。
そんなとってもジプシーなジイジだけど、
ふたりのことは大好きなんだ。
お金にも、名誉にも無頓着、
どっか浮世離れしてる、
周りの評価を気にしない、
というより評価の仕方が難しい、
関心事が他の人と根本的に違う
・・・等々
そういう人たちがお気に入りのジイジって
なんだろね?ミーちゃん、ハル君。
そんなとってもジプシーなジイジだけど、
ふたりのことは大好きなんだ。
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2018年12月02日
お母さんは大好きでえす

お母さんは大好きでえす
大人 「お父さんって何ですか?」
子ども「お父さんは男でえす。」
大人 「お母さんは何ですか?」
子ども「お母さんは大好きでえす」
なんて素敵な解答だろう!
これが母と子♡
人間と人間の、命と命の原点。
なにもかもここから再出発だよ。
でも子どもの心を失った大人たちはそう思わない。
赤鉛筆で”大好き”を消して”女”と書く。
中心命題から個別の関係性が欠落するとき
人間の精神は極端に限定的になる。
どんなに客観的で立派な論理だって
人と人との関わりとか、食べたりとか、寝たり
遊んだり、働いたりとかの日々を忘れちゃ
吹けば飛ぶよな、ただの紙切れだろう。
あなたの大事な人がなくなった
地震や洪水で家に住めなくなった
三度の食事がとれなくなった
天涯孤独の身の上になった
重い病を患った、そして戦争・・・。
そんなにして日常性が壊れた、また壊されたとき
あなたはどう感じ、どう思うのか。
論理はなにも解決しない、
大切なのは同じ「理」でも情理だよ。
「お母さんは大好きでえす」と答えた
子どもの頃を思い出そう、お願いだから。
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2018年04月14日
いつか逢いたい人がいる
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いつか逢いたい人がいる
いつか逢いたい人がいる
二度と逢えない人がいる
ぼくがまだ二十歳のころ、青春のど真ん中
出来たばかりの交通センター地下街にある
観音の泉は若い恋人たちの待ち合わせの
場所だった。
日がな逢瀬も暮れるころあい、つかの間の
別れのバスのテールランプの後影を見送る
プラットフォームであった。
そのとき「女」はバスの窓から、闇に包ま
れてゆくプラットホームにポツンと佇む
「男」の姿を見ながら思った。
「もう二度と逢えない」
「男」は落ちてゆくような孤独と、
場所だった。
日がな逢瀬も暮れるころあい、つかの間の
別れのバスのテールランプの後影を見送る
プラットフォームであった。
そのとき「女」はバスの窓から、闇に包ま
れてゆくプラットホームにポツンと佇む
「男」の姿を見ながら思った。
「もう二度と逢えない」
「男」は落ちてゆくような孤独と、
震えるような悲哀を
噛みしめながら思った。
「もう二度と逢うまい」
あなたにだっていたでしょう?
”いつか逢いたい人”が
ぼくにだって、誰にだっていたんだから。
ねえ何人と出逢えたのかなあ?
その”いつか逢いたい人”と・・・
そしてあの日が暮れたように、
今ぼくらの人生もいつしかたそがれた。
真っ赤な夕焼けを浴びながら、
ぼくらは年々歳々”二度と逢えない人”
になってきた。
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2017年07月14日
ハル君三歳の誕生日へ

年々歳々、忘れっぽくなるにつれ記憶に還る。
はじめの三年とおわりの三年とは、きっとつな
がっている、追憶という美しい時間で・・・
そのふたつの歳月のあいだには、ひたすら長い
空白のトンネルが横たわっている。
そのトンネルは始めと終わりの三年のため
だけにあるのかもしれない。
そしてはじめの三年はキラキラとかがやき
おわりの三年はそれを穏やかなまなざしで
見守っている、
いつまでも、その日がくるまで。
♡
ハル君三歳の誕生日へ・・・・
2017年05月01日
ハル君のメランコリー

ハル君のメランコリー
まだ三歳にならないハル君だって
メランコリーになる。
およそ人の笑顔が一様でないのは
きっとメランコリーのせいだ。
そしてきっとその事に気がついてない。
だからぼくには時おり
笑ってる顔が泣いているようにも
見えるんだ。
三月に美空ちゃんが生まれて
もう一人っ子でなくなったハル君・・・
ジイジはハル君への愛情が半分っこに
ならんかと余計な心配したが、
愛情ってのは増えこそすれ、目減りなん
かしないと気づいた。
でもハル君からすればそりゃジイジ勝手
な話であって、
現に美空ちゃんあやす分、僕をだっこし
てくれなくなったじゃないかよ。
そりゃそうだがハル君って随分重くなったし
動きが目まぐるしくなったもん、
そのぶんジイジは与太ってきたしねえ。
妹ができてからハル君のママ大好き病が
昂じてきたような気がする。
お尻を追いかけまわして、食事してるママ
のお膝にムリヤり座ろうとしたりして
たまにママに叱られている。
愛情を独り占めにしてたハル君の振る舞い
にチラリチラリとメランコリー・・・・
それがぼくらの胸をみょうちくりんに
刺すんだよね。
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2017年02月25日
素晴らしきかな不登校

素晴らしきかな不登校
我が家のふたりの息子も小学生のとき
学校に行かなくなりました。
僕と妻は割と楽観的でしたが、当事者である
本人たちはそうはいきません。
周囲の大人社会が常識にこだわりすぎ、
不必要にね。
それで幼い本人たちも苦悩する。
特に長男は次男まで巻き込んでしまったという
自責の念があったのでしょう。
家族にもこころを閉ざし、自分の部屋に
バリケードをつくって閉じこもりました。
食事も、一緒に食べないのでそこまで持って
いかなければなりません。
ある日妻が掃除のときに、長男の日記らし
いものを見つけて、読んでしまったのです。
そこは”死にたい”の四文字で埋められてい
ました。
ここまで追いつめられていたのかという
暗然たる思いをどう説明すれいいのやら。
僕たち夫婦は涙ながらに話し合いました。
結論は一つ・・・子どもを信じようでした。
何が何でも。
さらに僕たちは突き詰めて考えました。
それでは信じるとは何か?
結論は、当たり前のようですが、
疑わないということです。
では疑わないとは何か?1%だって疑わない、
疑われる相手にとっては99%も1%も同じこ
となのです、
そこに気が付いて僕たち夫婦は信じるという言葉
を生まれて初めて理解したのです。
子ども達が元気でさえあれば、学校なんか
糞食らえと思いました。
その翌日から奇跡が起こり始めました。
劇的に長男が変わり始めたのです。
新聞配達をしたいというので学校の許し
(どうして学校の許可がいるのかいまだに分かりま
せんが)を得てそれから一日も休まず中学卒業
まで続けました。
それからギターを習いたい、ボクシングをしたいと、
三つともびっくりするくらい一生懸命にやりました。
そして中2の夏休みの一週間前突然僕に言い出し
ました。明日学校に行きたいって。
それはもうびっくりです。
翌朝一緒に登校する時、横を歩いている
長男をみると膝ががくがくしているようでした。
なけなしの勇気をふりしぼっていたのです。
(つづく)
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