2019年11月19日
山本太郎の謝罪
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山本太郎の謝罪
【れいわ新選組】山本太郎代表が厳寒の郡山で語
った「『原発事故』『10・12水害』で国がすべき事」
過去の言動謝罪した上で「国民を『部品』としか見
ていないからこんなにお粗末」
*
水俣病もそうだった(未だに進行形だが)。
さらにいえば、七十余年前のあの戦争も。
都合が悪くなるとすぐ我が子を捨ててしまう親
みたいなもの、ちっとも変わらないな。
僕の亡くなった父はこういうことを言ってたな。
親ってのは鳥の巣みたいなもんで、調子がいい
時は、小鳥は思うがままに空を飛んでればいい。
だけど疲れたり、翼が傷ついたときには、いつだ
って帰ってくればいい。そんなところだって。
そんな親らしいことができなかったときの、
父の(勿論母もだが)情けない、辛そうな顔は
忘れられないな。
【れいわ新選組】山本太郎代表が厳寒の郡山で語
った「『原発事故』『10・12水害』で国がすべき事」
過去の言動謝罪した上で「国民を『部品』としか見
ていないからこんなにお粗末」
*
水俣病もそうだった(未だに進行形だが)。
さらにいえば、七十余年前のあの戦争も。
都合が悪くなるとすぐ我が子を捨ててしまう親
みたいなもの、ちっとも変わらないな。
僕の亡くなった父はこういうことを言ってたな。
親ってのは鳥の巣みたいなもんで、調子がいい
時は、小鳥は思うがままに空を飛んでればいい。
だけど疲れたり、翼が傷ついたときには、いつだ
って帰ってくればいい。そんなところだって。
そんな親らしいことができなかったときの、
父の(勿論母もだが)情けない、辛そうな顔は
忘れられないな。
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2017年07月28日
神輿は勝手に歩けない

神輿は勝手に歩けない
何が正しくて、何が誤っているか・・・
世の中の価値観自体が液状化しているのに
政治の世界に理念を求めるのは見当違いと
いうもんだろう。
だからそんな間隙をつく形で、アベノミクスの
ような妄想がまかり通ることになる。
はっきり言って共産党以外に今のところ、
政治の世界に理念らしいものは皆無であるか
らして、
自民党も民進党もいつ空中分解してもおかし
くなかった。
所詮、自民党は自分党であり、保守党は保身党
でしかなかったのだが、
その点では民進党も同類である。
いずれにしても議員連中にとっては、当選が至上
命題であり、そのためにひたすら離合集散を繰り
返す。
そういう前提で自民党は安倍失脚とともに自壊を
始める。そしていったん終わったら、
戦後政界のへその緒となり、再生することはない。
それが分かってるから、今回は仁義なき戦いをし
かけてくる。あとのない戦いである。
だが国民の信頼を取り戻すことはもう逆立ちして
もできない。ではどうするか。痛み分けだ。
自民党の対抗勢力をなくして、
有権者の選択肢を潰すという戦術しかない。
ハチャメチャといったところだが、もう行き着
くところまで行くしかないのだろう。
しかしそんな自民党の思惑にまんまとハマれば、
命脈を保つというシナリオだってある。
それだけは断固として阻止しなければいけない。
なぜなら国民の弾圧という非常手段に出てくる
可能性は大であるからだ。
権力闘争に人間としての良心の入り込む余地
はない。そこは我々の想像を絶する
インモラルの世界なのだ。
本来の主役である国民としては、
神輿は勝手に歩けない、という教訓をこの際
2017年07月26日
安倍晋三は終わった
安倍晋三は終わった・・・
といっても、もう誰も文句は言わないだろう。
とんだ竜頭蛇尾の一幕であったが、
また他方において、世界の政治を舞台にして、
これほど無自覚に公私混同の限りを尽くした
政治家はこれまでもいなかったし、
これからもでないだろう。
思うほどにこれは恐るべき事態で、
安倍晋三という一人の政治家を指弾するより
はるかに、こんなクルクルパーをかくものさばら
せた我が国の政治風土に身の毛がよだつのは
僕だけであろうか。
さて彼のヨワイおつむを占めていた妄想は、
祖父の岸信介や谷口雅春が影響されたという
国家社会主義のまがいもので、国家のために国
民が犠牲になるのは当たり前であるという思想
である。
これはもういわば劇薬のような発想で、
彼のような吹けば飛ぶよな人間性の持ち主の力
の及ぶところではない。
国家至上主義が昂じて、国家のためにならない
国民は排除してやまないという、
相模原事件のような悲劇にも相通じる。
誰がやっても変わらんという政治的無関心が分
からないではないが、
それはそのまま政治的無責任につながるもの
であることを僕自身大いに痛感した。
ホントにヤバかったのだ。
僕たち国民はこれを奇貨として、
政治を託すべき人物を見極める見識をいくらか
でも身に着けるべきであろう。
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2017年07月25日
ステルス政治を許すなかれ
ステルス政治を許すなかれ
小泉政権のあの掟破りの、劇場型と称された郵政
選挙から、今のアベノミクスにいたるまで、全て優秀
な政界外部のアドマンプロによって演出されている。
そしてそのコンセプトは終始一貫
・・・「ステルス」
である。
「ステルス-stealth」とは、
隠密的行動の意味合いだが、いつのまにか
レーダーや赤外線に探知されにくい戦闘機のことを
指すようになった。
ステルス戦闘機は、敵から姿をくらまし接近し、
いきなり姿を現し攻撃する。
そんなあざとい商法の代名詞のような「ステルス」が
政治戦術として、電通というアドマンプロによって
応用された。
無知、無関心層を標的にし、かつ不都合な争点は徹底
して隠し、好都合なおいしいコピーだけを、湯水のように
お金(勿論税金)をつかって国民に洗脳をかける、
まっざっと言えばそんな仕掛けである。
ステルスマーケテイングはよく違法な消費者への偽装
広告となる。なぜ違法かと言えば、商取引の信頼性を
損なうからである。信義則違反ということだ。
安倍政治とはこんなステルス政治のまさにオンパレード
に他ならない。共謀罪などその最たるもので、本当の
おぞましい姿が露わになるのはこれからである。
そしてその先に待っているのは・・・・・・
2017年07月19日
安倍晋三はかくも女性に嫌われる

安倍晋三は
かくも女性に嫌われる
安倍晋三はなぜかくも女性に嫌悪されるのか?
安倍政権の支持率の急落やまず。
「支持しない」の内訳を見ると、安倍首相を「信頼
できない」が一番多い。
ところが面白いのは、設問の「信頼できない」を
「嫌い」に差し変えると90%近くまで数字が急騰
することである。
そして嫌いの大部分が大がアタマにつく嫌いで、
さらに嫌悪派が女性に偏っている。
嫌いの理由を問えば、
男性の場合は改憲やアベノミクスがらみの理屈
っぽいのが大半だ。
それに対して女性の場合は、
人としてどうかという問題に尽きるとか、
声や顔を見るだけで鳥肌が立つとか、
同じ空気を吸いたくないとか・・・
実に情け容赦ない表現ばかり。
彼に任せておいたらどうなることやらと、
女性特有の母性的な種存続防衛本能が
安倍晋三はなぜかくも女性に嫌悪されるのか?
安倍政権の支持率の急落やまず。
「支持しない」の内訳を見ると、安倍首相を「信頼
できない」が一番多い。
ところが面白いのは、設問の「信頼できない」を
「嫌い」に差し変えると90%近くまで数字が急騰
することである。
そして嫌いの大部分が大がアタマにつく嫌いで、
さらに嫌悪派が女性に偏っている。
嫌いの理由を問えば、
男性の場合は改憲やアベノミクスがらみの理屈
っぽいのが大半だ。
それに対して女性の場合は、
人としてどうかという問題に尽きるとか、
声や顔を見るだけで鳥肌が立つとか、
同じ空気を吸いたくないとか・・・
実に情け容赦ない表現ばかり。
彼に任せておいたらどうなることやらと、
女性特有の母性的な種存続防衛本能が
脅威を感じているのかな。
2017年07月17日
細川佳代子氏総理コール②

細川佳代子氏総理コール②
血統からいえば、細川家は大変な名門である。
室町足利から数えて、才人細川幽斎を経て、
関ケ原後、細川三代目忠利は小倉52万石か
ら肥後55万石の太守として版籍奉還まで熊本
に君臨した。
それからすれば安倍、岸家なんてどこの馬の
骨やら分からん。徳川も家康の爺さんはは山賊
だし、
大体血統なんてもんは十代も遡れば根も葉もな
いもんだ。
維新後は大名たちは無残に没落する。
織田信長の子孫はフィギュアスケートの元選手
だし、
徳川将軍家の18代当主はマンション住まいのサ
ラリーマンで、その子家広さんはベトナム人女性
と結婚した。
そんな中で細川家は随一の世渡り上手だったと
もっぱらの巷の噂で、
名門一族はいまもって繁栄を誇っている。
若殿もりひろ氏はむろん大変な世間知らずだった
が、頭は安倍晋三氏のように悪くはない。
朝日新聞社に実力で入社したと隆元氏が自慢
してた。
佳代子夫人とは上智大学在学中に知り合い、
周囲の反対を押し切って恋愛結婚したが、
色んな意味で彼には出来過ぎの奥方だった。
勿論もりひろ氏からの熱烈な求愛が始まりだった。
知事時代に夫が徐々に評価を落とすのと逆に、
夫人の評判はうなぎのぼりだった。
栴檀は双葉より芳しというが、人間としての器が
並みじゃなかった。
護煕さんはあの奥さんがいなかったらどうなった
ことやら。
私事にわたるが、ちょっとした縁で、ダメ元気分で、
結婚相談所のパーテイ―で講演をお願いしたら、
二つ返事でOKしてもらったときはこちらがびっくりした。
そういう庶民的気さくさに溢れた一方、トップレデイ
外交の場でも短期間に頼りにされる存在になっ
たとか・・・。
細川佳代子氏総理待望論が湧いて出たのには、
このようにちゃんとした根拠があった。
ただ問題は彼女自身が政治家が大嫌いだったこと。
人は権力に群がるが、権力は人をえらべない、
世の中上手くいかないもんだ。
若殿もりひろ氏はむろん大変な世間知らずだった
が、頭は安倍晋三氏のように悪くはない。
朝日新聞社に実力で入社したと隆元氏が自慢
してた。
佳代子夫人とは上智大学在学中に知り合い、
周囲の反対を押し切って恋愛結婚したが、
色んな意味で彼には出来過ぎの奥方だった。
勿論もりひろ氏からの熱烈な求愛が始まりだった。
知事時代に夫が徐々に評価を落とすのと逆に、
夫人の評判はうなぎのぼりだった。
栴檀は双葉より芳しというが、人間としての器が
並みじゃなかった。
護煕さんはあの奥さんがいなかったらどうなった
ことやら。
私事にわたるが、ちょっとした縁で、ダメ元気分で、
結婚相談所のパーテイ―で講演をお願いしたら、
二つ返事でOKしてもらったときはこちらがびっくりした。
そういう庶民的気さくさに溢れた一方、トップレデイ
外交の場でも短期間に頼りにされる存在になっ
たとか・・・。
細川佳代子氏総理待望論が湧いて出たのには、
このようにちゃんとした根拠があった。
ただ問題は彼女自身が政治家が大嫌いだったこと。
人は権力に群がるが、権力は人をえらべない、
世の中上手くいかないもんだ。
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2017年07月15日
細川佳代子氏総理コール①

細川佳代子氏総理コール①
日本の代々のファーストレデイってのは
ナントモ冴えないのが通り相場だ。
夫唱婦随かなんかしらんが、
不必要に影が薄いかと思えば、
あのお騒がせの安倍晋三夫人のように、
はしゃぎ過ぎて墓穴を掘るかだね。
いずれにしろトップレデイ外交なんか見
果てぬ夢で、オツムは空っぽ、英語は
チンプンカンプン。
だが(遺憾にも超短命だったが)、あの
細川もりひろ元総理の細川佳代子夫人こそ
は例外中の例外、珠玉の存在感があった。
熊本知事時代からのファンの一人として
公言して憚らないが、
”細川佳代子夫人の前に佳代子なし、
細川佳代子夫人の後に佳代子なし”
凡庸な夫の影法師など勿体ない。
ありゃ奥さんでもっとる・・・
口さがない連中でなくてもそう言ってた。
男性にも女性にも絶大な人望があった由、
佳人にして才気煥発(語学堪能)、
引っ込みすぎず出しゃばりすぎず、
TPOに際して進退も伸縮も自由自在・・・
もりひろ氏が総理大臣になったときなど、
どこからともなく、彼ではなく佳代子夫人
を総理に!コールが沸き起こった。
なんてったって、小池百合子なんかとは
断然モノが違う。
(つづく)
2017年06月11日
彼らにロマンは難しすぎる 包括的可能性
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彼らにロマンは
難しすぎる
彼らに「ロマン」は難しすぎる。
政界、財界、学会、教育界など
選良たちの眼を覆いたくなるよう
な劣化は、見ていると
明らかにキャパオーバーだな・・・
僕たちベビーブーム世代が社会の
中核を担うようになった時、日本の
行く末が占えるのかなと思っていたら
思いっきり悪い方に転んだ気がする
のは僕だけだろうか?
頭数が多いだけではない、団塊から
始まったのだった、あの忌まわしい
学歴社会が露骨なカタチで。
たとえば900名からいる学年で定期テ
ストの席次が10番内とかだったら、
どのような夢だって見ることができた。
たとえば国立の医学部に合格したらどい
うことになるのか?三種の神器が一気に
手に入ることになる
現代資本主義の三種の神器・・・・
社会的地位、おカネ、そして女性
そこに辿りつく最短距離が医者になる事。
しかしながら、名刺の肩書きとキャパは
反比例するもんだなって
最近つくづく思う。
2千数百年前、古代ギリシャのプラトンは
いみじくも予言した。(パイドロス)
文字(学問?)を発明した者は優秀だが
それを使用する者は優秀なわけでも
優秀になるわけでもない。
文字によって得るものは、
知恵の外見で、真実の知恵ではなく、
知者となる代わりに知者であるという
自惚れが発達する。
一口でいうと文字を使うとアホになる。
あっそうだ、ロマンってなあに?の答え。
括らず、奢らず、支配せず、自己中でない
などの先にある
包括的可能性という世界と生き方。
だからアホにはロマンは難しすぎる。
2017年06月10日
天に向かって三本の矢を射る
2017年06月10日

天に向かって三本の矢を射る
「私はなぜこの式典に出ることになったのか?」
・・・とそのとき陛下は側近に漏らされた。
2013年4月28日、1952年のサンフランシスコ講和
条約発効を期して開かれた
「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」という
意味不明の集いで天皇陛下ご夫妻は終始怪訝そ
うな表情だった。傍らで、総理と自民党国会議員に
よる
「天皇陛下、万歳」の唱和が空々しく響いた。
サンフランシスコ・・・は日本独立の日であると共に
沖縄にとっては屈辱の日に他ならなかった。
そしてその後の沖縄の艱難辛苦に誰よりも真剣
に向かい合ってこられたのは天皇皇后両陛下に他
ならなかったのだ。
あの日以来、安倍晋三はまさしく、母国に弓を引
き、こともあろうに皇室と国民に向け、三本の矢を
射ようとする、真の国賊となり果てた。
陛下の「お気持ち表明」後の安倍晋三の分限を弁
陛下の「お気持ち表明」後の安倍晋三の分限を弁
えぬ不遜極まる態度に、心ある国民が、何様のつ
もりだと憤慨に堪えなかった筈だ。
その後も宮内庁長官を強権的にすげ替え、天皇は
祈ってるだけの存在という暴言を弄したり、
天皇陛下万歳の声と裏腹に、行く末、天皇は大権
その後も宮内庁長官を強権的にすげ替え、天皇は
祈ってるだけの存在という暴言を弄したり、
天皇陛下万歳の声と裏腹に、行く末、天皇は大権
を利用するだけの傀儡に過ぎないのだというホンネ
が期せずして露呈してしまった。
又他方では、法制局長官を更迭してまで、解釈改
憲という禁じ手を用い、九条を骨抜きにした。
戦争法を強行採決し、挙句にあろうことか不正選挙
を駆使して憲法改正をでっち上げようとしている。
安倍政権は国民の味方面した、日本史にも例をみない
天に向かって(三本の)矢を射る、みぞゆうな国賊である。
又他方では、法制局長官を更迭してまで、解釈改
憲という禁じ手を用い、九条を骨抜きにした。
戦争法を強行採決し、挙句にあろうことか不正選挙
を駆使して憲法改正をでっち上げようとしている。
安倍政権は国民の味方面した、日本史にも例をみない
天に向かって(三本の)矢を射る、みぞゆうな国賊である。
2017年06月10日
2017年06月09日
アベソーリの化けの皮
アベソーリの
化けの皮
竹下登と安倍晋三の二つの内閣をもって、
誰ともなくいう、
”死の匂いがする”・・・内閣。
その周辺で不審死が絶えないからだ。
自殺か他殺か、他殺とすれば、誰がいかなる理
由でやったのか深い闇の中だ。
そういう点ではドッコイドッコイだが、ことが降りか
かる疑惑への対しかたとなると、
余りといえば余りに対照的だ。
1992年11月、東京佐川急便や青木伊平、桑原安
俊ら秘書の自殺に関わる疑惑で証人喚問を受け
た竹下登は、
「われ万死に値す」
と呻って、うなだれた。
つまり "I am sorry" を一万回言ったようなもんだ。
だが安倍はとなると、
不都合な証人喚問は片っ端スルーしつつ、
答弁に立てば立ったで、"I am sorry" ならぬ 、
アイアム総理を性懲りもなく繰り返す。
マスコミへの対応となるともう天と地ほどの違いとなる。
皇民党や金権への批判の記事に対して、
秘書が七つの告訴状を用意しようとすると、
竹下は厳しくたしなめた。
「権力者がこういうことをしてはならない」。
それに対して、安倍はといえば、よくご存じのように、
独裁者のごとき恫喝につぐ恫喝をこととし、
NHKや読売をはじめ、大手マスコミはすっかり委縮し
物言わぬ御用機関と化してしまった。
国際機関が「権力者がそういうことをしてはならない」
と警告を発しても、意に介せず、余計なお世話とばか
りに知らん顔の半兵衛を決め込む、という惨状。
竹下登と安倍晋三の二つの内閣をもって、
誰ともなくいう、
”死の匂いがする”・・・内閣。
その周辺で不審死が絶えないからだ。
自殺か他殺か、他殺とすれば、誰がいかなる理
由でやったのか深い闇の中だ。
そういう点ではドッコイドッコイだが、ことが降りか
かる疑惑への対しかたとなると、
余りといえば余りに対照的だ。
1992年11月、東京佐川急便や青木伊平、桑原安
俊ら秘書の自殺に関わる疑惑で証人喚問を受け
た竹下登は、
「われ万死に値す」
と呻って、うなだれた。
つまり "I am sorry" を一万回言ったようなもんだ。
だが安倍はとなると、
不都合な証人喚問は片っ端スルーしつつ、
答弁に立てば立ったで、"I am sorry" ならぬ 、
アイアム総理を性懲りもなく繰り返す。
マスコミへの対応となるともう天と地ほどの違いとなる。
皇民党や金権への批判の記事に対して、
秘書が七つの告訴状を用意しようとすると、
竹下は厳しくたしなめた。
「権力者がこういうことをしてはならない」。
それに対して、安倍はといえば、よくご存じのように、
独裁者のごとき恫喝につぐ恫喝をこととし、
NHKや読売をはじめ、大手マスコミはすっかり委縮し
物言わぬ御用機関と化してしまった。
国際機関が「権力者がそういうことをしてはならない」
と警告を発しても、意に介せず、余計なお世話とばか
りに知らん顔の半兵衛を決め込む、という惨状。
知性的なるものから見放された人間は、「狡猾さ」を何
よりも好む。頭の中に渦巻いているのは、トリックとか
術策ばかりである。
自分のミスや不正が露見して、確かな証拠を突きつけ
られても、否認し、当たり前のように嘘をつく。
矛盾だらけに陥っても意に介さない。頭の中にハナか
ら秩序や論理などがないからだ。
さもなければ、誰かに非難批判の矢を向ける。しかも
奇妙なる確信をもってする。
要するにアベシンゾ~なる人物は、
秩序や規律をつくろうとする知性に向かって、
あたかも、親(いや祖父かな?)の仇でもとるように、
無秩序と混乱とをもたらそうとする。
自分の言ったことを忘れ、または忘れたふりをし、嘘を
つき、前後矛盾したことをいい、理屈を捻じ曲げる
・・・・というわけなのだ。
2017年06月07日
三流政治のホンネを探るとこうなる
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三流政治のホンネを
探るとこうなる
日本人、つまりあなたは「常識」に弱いんだ、
断じて自戒しなけりゃいけません。でなけりゃ
子々孫々に禍根を残すことになりかねません。
70余年前の戦争のようにね、
亡くなった300万人もの命は取り返しがつかず、
残された人々の心の傷は永遠に癒されることは
ありません。
「常識」って「良識」とは似てもって全く非なるも
ので、単に多数意見に無思慮に同調するという
ことに他なりません。
「良識」とは・・・・・・・・
ミソとクソを識別する心と脳の働きですが、
「常識」とは・・・・・・・・
そんなキャパを放棄する、
あるいは鞭声粛々として脳死を受容することなの
です。
政治家が初っ端に考えることと言えば何だと思い
ますか、みなさん、まさにそこのところなのです。
中央集権の政府にとっては、あくまでも中心のた
めの周辺(国民)でしかないのです。
国民のための政治という美辞麗句にどうか惑
わされないように・・・・。
政治は国家のための良民たらんと欲する本能に
従うのであって、国民に従う訳ではありません。
政治原論ではこうホンネを語ります。
政治とは、政府と国民との間に、
支配と服従の構造をいかに創出するかであると。
これは心理学ではマゾとサドの関係に当たり、
その政治分野への応用です。
国民主権とはいわば言葉のアヤであって、
主体として仕掛けるのは常に政府で、
客体として仕掛けられるのは
常に主権者であるはずの国民なのです。
決闘は数ではありません。
寡兵であっても仕掛けるサイドが
てんでんばらばらの烏合の衆に勝るのです。
そして政治は外に向かってよりまず内に向かって、
より高度に戦略的になるのです。
それを確固としたものにする切り札は今、
なにであるかと言えば、いわずもがなであるでしょう。
(不正手続きによる)国民不在の憲法改正と、
警察司法の私物化や自衛隊の拡大強化・・・
それらに他ならないことを、この際ようく肝に銘じて
おくべきでなのです。
日本人、つまりあなたは「常識」に弱いんだ、
断じて自戒しなけりゃいけません。でなけりゃ
子々孫々に禍根を残すことになりかねません。
70余年前の戦争のようにね、
亡くなった300万人もの命は取り返しがつかず、
残された人々の心の傷は永遠に癒されることは
ありません。
「常識」って「良識」とは似てもって全く非なるも
ので、単に多数意見に無思慮に同調するという
ことに他なりません。
「良識」とは・・・・・・・・
ミソとクソを識別する心と脳の働きですが、
「常識」とは・・・・・・・・
そんなキャパを放棄する、
あるいは鞭声粛々として脳死を受容することなの
です。
政治家が初っ端に考えることと言えば何だと思い
ますか、みなさん、まさにそこのところなのです。
中央集権の政府にとっては、あくまでも中心のた
めの周辺(国民)でしかないのです。
国民のための政治という美辞麗句にどうか惑
わされないように・・・・。
政治は国家のための良民たらんと欲する本能に
従うのであって、国民に従う訳ではありません。
政治原論ではこうホンネを語ります。
政治とは、政府と国民との間に、
支配と服従の構造をいかに創出するかであると。
これは心理学ではマゾとサドの関係に当たり、
その政治分野への応用です。
国民主権とはいわば言葉のアヤであって、
主体として仕掛けるのは常に政府で、
客体として仕掛けられるのは
常に主権者であるはずの国民なのです。
決闘は数ではありません。
寡兵であっても仕掛けるサイドが
てんでんばらばらの烏合の衆に勝るのです。
そして政治は外に向かってよりまず内に向かって、
より高度に戦略的になるのです。
それを確固としたものにする切り札は今、
なにであるかと言えば、いわずもがなであるでしょう。
(不正手続きによる)国民不在の憲法改正と、
警察司法の私物化や自衛隊の拡大強化・・・
それらに他ならないことを、この際ようく肝に銘じて
おくべきでなのです。
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