2020年10月21日
夜のピクニック

夜のピクニック
夜のピクニック、、、
夜の散歩じゃなくて、昼のピクニックでもなくて、
なぜか「夜のピクニック」というタイトルがついた。
作家が作家だから、ミステリーまがいかなと思う人には
肩透かし。純然たる青春ドラマ、それも紛れなき傑作。
かなり忠実に映像化、それも並々でない心理劇の要素を
夜のピクニックというステージで視覚化しているのが、
製作側の思い入れとなって伝わる。
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物語の中心となるのは、甲田貴子と西脇融という十七歳
の少年と少女。地方都市の公立進学校の三年七組のクラ
スメートだ。苗字が違うから赤の他人と誰だって思う。
同級生も、親友たちだってそう思っている?
第一、本人たちがまだ一言も口をきいたことがないのだ
から。だが目は口ほどにものをいうで、あの二人は気が
あるんじゃあないか、怪しいと周りには思われている。
眼差しが相手を追っかけている、自分でも知らないうち
に。目と目があうと、あらぬ方をを向く。
そして怯えでも卑下でも、もちろん媚でもない視線が
お互いの胸を刺す。
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甲田貴子は歩行祭のこの日、心密かに一つの決心をして
いた。このままではすぐ卒業だし、卒業すれば多分もう
ずっとずっと、、、。
自分の心にケジメをつけたかった。そしてそれは西脇融
にしても同じだった。
だって何しろ二人は、苗字こそ違うが、、、、。
ということでちょっとしたミステリー調が核になるが、
ただの二人称の物語ではない。そういう二人をめぐる
少年少女たちの青春群像の物語である。
多分あなたたも○十年前を振り返った時、身に覚えがある
だろう、甘酸っぱくて、頼りなくて、姿にならない希望が
揺らいでいるあの頃あの人の物語。
さて、甲田貴子が歩行祭に期していた決心というか、自分
の将来の曲がり角となるかもしれない賭けとは何か、、?
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夜のピクニックというのは、とある高校で年一回初秋に
行われる恒例の歩行祭のこと。
修学旅行の代わりに、80kmを昼から夜へと二十四時間以
上かけて、全校生徒で踏破するという野蛮な?ビッグイ
ベント。
朝元気いっぱいで賑やかに母校の校庭を出発、白い揃いの
ジャージの全校生徒千人が長い長い列をなして歩くのは
ちょっとした壮観だ。
でも勇ましいのは昼過ぎまで、日が暮れる頃にはおしゃべ
りする元気もない。そして日が暮れ、夜が更け、深夜にな
っても長い列は粛々と進んで行く。ゾンビの群れのように
見えないこともない。
足にマメはできるし、背中は痛いし、眠い。百メートルが
1キロにも思える。
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しかし、そんな非日常のなかでしか、そして夜のピクニッ
クの道のりでしか、生まれることがない物語がある。
それに貴子は賭けたのだ。いや彼女だけではない、親友の
遊佐美和子(みわりん)に、それからアメリカに転校した
榊杏奈も。加えて融の無二の同級生、戸田忍に、夜になる
と、やたらハイになるクラスの自称ロックンローラーの
高見光一郎まで。
もうすぐ歩行祭が終わる夜明けの道で、貴子と融は二人っ
きりで肩を並べて歩き出す。
「足、大丈夫?さっきから変な歩き方してるよ」
「正直ヤバイと思う。すげえ痛い。だからさ、気が紛れる
話をしてくれないかな」
「じゃあ、あたしが歩行祭で、密かに賭けていたって
話は?」
「いいね」
もうこれまで感じていたような拒絶や緊張はない。
今あたしは西脇融と並んで歩いている。歩いて喋っている。
これは凄いことなんですよ。
融は融で不思議だった。このとても素直で自然な気持ち。
それにしても、貴子はなんて自分と似てるんだろう。
融は新鮮な驚きを感じ、同時に後悔もしていた。
貴子は続ける。
「同じクラスにずっと話してみたかった子がいて、
このままだと永遠に話ができないだろうと思ってたの」
「それで?」
「一言でも言葉を交わせたら実行しようと思ってた」
「何を?」
「お墓まいり、お父さんのね、あたしはよく顔知らない
けど」
つまり二人は異母の兄妹だったのだ。
融は思い返していた。親友の忍が怒ったこと、美和子が
正面から自分を詰ったこと、なぜ彼らが真剣に自分に
そんなことをぶつけてきたのか。
その時彼は世界に包まれているような気がした。杏奈を
美和子を貴子を、あの少女たちの世界をずっと愛してこ
とを悟ったのだった。
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青春はうるわし、青春はうるわし。
そはもはや来たらず。
さらば重ねていわん。
青春はうるわし、青春はうるわし”♫
というのは、かのヘッセの初期の小説で引用されている
シュワルツワルツのどこかの寄宿制のギムナジウムの
生徒たちの愛唱歌らしい。
このシンプルなリフレインがどことなく胸を打つのは、
それが哀傷歌でもあるからだろう。
この歌はきっと、明るい日差しの中でなく、白い月光の
下で、また一人ではなく、同窓生とともに、ひょっとす
ると内緒で葡萄酒なんかを片手に歌われた。
そうやって共有しようとした「思い」とはどんなものだ
ったのだろう?
それはとても一口では語れない。
語れないからこそ「思い」なのであるし、
語れないからこそ歌となり、
語れないからこそ、素朴で単純なリフレインとなった。
青春時代にしか分からない万感の思い、
僕にもあったようにみなさんにもきっとあったアレ。
青春の歴史は白い月の夜につくられる。
文字にもならないカタチなき歴史だ。
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そして甲田貴子は思うのだ。80kmのゴールになる朝日
が差す校門の前の坂道を上りながら、、、。
「マラソンの授業も、マメだらけの足も、海の日没も、
梨香のお芝居も、千秋の片思いも、忍の誤解も、融の
視線も、何もかも過去のこと、何かが終わる、みんな終
わる。だけど、何かの終わりは、いつだって何かの始ま
りなのだ」。
2020年09月27日
ちょっと今から仕事やめてくる

ちょっと今から仕事やめてくる
(北川恵海の六年前のデビュー作、後映画化)
ブラック企業というけれど、まあ、昔から企業というの
は五十歩百歩といったところで、ブラックまでいかなく
てもグレー系か白黒ブチかのどっちか。
大体真っ白けじゃ会社なんかやっていけないだろうし。
営業部なんかどこも問答無用が罷り通るような、
似たり寄ったりで、体育系向きなのかな。
工場のライン勤務なんかも、究極の単純作業で、頭を使
わないぶん楽といえば楽だけど、どうもそんな問題じゃ
ない。ベルトコンベアーに毎日追い回されているオレは
一体何者なんだ?という問題。
チャップリンのモダーンタイムズの擬似世界。人間不在。
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何れにしても無限の可能性と夢の塊のような若い連中が、
ベルトコンベヤーに追い回されるだけならまだしも、
そのベルトコンベヤーに自ら乗っかることをもって
「人生設計」と思い込んでるのが何よりの問題だな。
それは工員でも営業でも医者でも同じこと。箱庭みたい
な空間に自分を、親も教師も共犯で、閉じ込めること以外
に発想が向かない。
高層ビルの谷間に垣間見える空を宇宙と思い込むような
もんか。
そういう人間ばっかりになるとどうなるかというと、
今の世の中になる。
どんどん尻すぼみになって逃げ場がないシャバになってし
まうわけ。
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この作品は、そういうドツボにはまって身動き取れなくな
った、じゃなくて自ら身動きできなくしてしまった一人の
クソ真面目な青年が、自殺の一歩手前から立ち直るという
ストーリー。
「サラリーマンに憧れなどなかった。だが、熱を上げるよ
うなやりたいこともなく、いつの間にか周りと同じように、
就職活動に勤しんでいた。
(中略)
確固たる自信など何ひとつないくせに、プライドだけは
山よりも高い。自分よりレベルが低いと思っていた奴ら
が一流と呼ばれる企業の内定をもらった時は、酷く嫉妬
した。」
そして入社した大手印刷会社の営業部の日々は、、、
月曜日の朝は、死にたくなる。
火曜日の朝は、何も考えたくない。
水曜日の朝は、一番しんどい。
木曜日の朝は、少し楽になる。
金曜日の朝は、少し嬉しい。
土曜日の朝は、一番幸せ。
日曜日の朝は、少し幸せ。でも、明日を思うと一転、
憂鬱。以下毎日その繰り返し。
中身のないプライドなんか、情け容赦もない現実のど
真ん中に投げ込まれるや、あっという間にズタズタに引
き裂かれる。底なし沼のような自信喪失。それでもまだ
紙切れのようなプライドだけは息をしている。
自分の父親も会社をリストラされてから、田舎に引きこ
もって何の展望もない?余生を送っている。
そんな父親や母親を軽蔑して、実家に寄り付こうともし
ない青年。社会的ステータスだけが全てで他には何も
ない。
そんな毎日の中で疲れ切って自殺しようとした彼を救っ
た見知らぬ青年との出会いが心を解きほぐしてゆく。
同い年のメチャ明るいその青年は南太平洋に浮かぶバツ
アヌという小さな島で親のない子供達のための学校の
ボランテイアをしていた。
その島はとても貧しいが、みんな弾けるような笑顔を
欠かさず、足の引っ張り合いどころか、老いも若きも
助け合い、思いやりに溢れた日々を送っている。
そんな想像も及ばない世界が、海を越えるとあるんだ
よということを伝えたかったのだ。
天使のような子供達から遣わされた青年がそこにはい
た。
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やがて田舎の両親のもとに帰り、深い親の愛情を感じ
取った青年はいうのだ。
「ちょっと今から仕事辞めてくる。待っててね」
辞表を受け取った部長は怒り狂ったように怒鳴る。
「お前みたいな役立たずなんかどこも雇ってくれるも
んか。今時再就職なんてお前が考えてるほど簡単じゃ
ねえぞ」
青年は部長と職場の同僚たちに、初めて晴れ晴れとし
た顔を向けて話すのだ。
「簡単じゃなくてもいい。むしろ簡単じゃいけないん
です。僕は、この会社を簡単に選びすぎた。
時間をかけるのが怖くて、内定もらえりゃどこでもいい
なんて、仕事なんてそんな気持ちで決めるもんじゃなか
った。
次は本当にやりたいことを見つけますよ。
時間がかかったっていい、ステータスなんてなくたって
いい。たとえ無職になったって、最後に自分の人生、
後悔しないような道を見つけてみせますよ
自分は世界を変えることはできないけれど、たった一つ、
自分の人生だけは変えることができる」。
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希望はいつだってどこにだってある、見えないだけ、
見ようとしないだけ。ただそれだけの話なのだ。
皆さんも多分身につまされるお話かなと思いますが、
いかかでしょうか?