2023年12月30日

不自然な自然



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不自然な自然




ヒトが論理を好むのはなぜなのでしょうか?それは論理は
とても自然(すぎる?、数学や物理と一緒)だからなので
しょう。人工的な社会の現実の不自然さ(不条理)への反
作用みたいなものかもしれません?一種の現実逃避?
ですから、自然と共存している社会や原始的共同体では論
理などという面倒なものは必要ないし、したがってボキャ
ブラも乏しい(ノンバーバル)。主語述語目的語もはっき
りしません。言葉なんて必要最小限あればいいってところ
なのでしょう。
西洋世界や中華(あるいは多くの民族が境界を接している
大陸世界)では現実世界がいちはやく不自然な人工社会に
なったので、逆に彼の国の人々は論理を嗜好するようになっ
たのかもしれません。実際、西洋人くらいお喋りな人たちは
いません。神様もお説教が大好きです。言葉で説明できない
ものは存在しないとでも思ってるみたいです。
生きるための根拠みたいなものを現代に生きる僕たちはうま
く言葉で説明しなければいけないと思いがちです。少なくと
も僕はそうでした。しかし、説明しなければわからないこと
はきっと説明してもわからないのだと思います、
さらに問題なのは、そんな自然であるべき論理が、水と油の
ような関係にある不自然な人工社会の現実に無遠慮に首を突
っ込むようになったことでしょう。それで世界はたちまち誤
作動を始めたような気がします。不自然なものがまるで古今
東西の自然であるかのように振る舞い始めたのだから大変で
す。とんでもない錯覚が世の中を覆うようになりました。
所有するものが多ければ多いほど、豊かになればなるほど
心も豊かになり、幸福になれる、という思い違い。それが
資本主義的な市場経済の論理に他なりません。ひょっとする
と、皆さんもそう思い込んでいませんか?
本阿弥光悦の母親である妙秀尼は京都屈指の富豪であったに
もかかわらず無欲と無所有のお手本のような人でした。九十歳
で亡くなった時残したものは身に着けるものと木綿の布団だ
けだったとか。そしてこんな言葉を残しています。
「身の貧なることは苦しからず」
人は所有するものが多ければ多いほど、かえって心の本当の
豊かさを見失う。
そこんところをきちんとわきまえていないと、行き詰まった
二十一世紀の分厚い扉が開くことはないように思われます。





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Posted by 熊本の結婚相談所むつみ会 at 13:15│Comments(0)社会問題アカデミー
 
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