2013年07月22日
我が祖国へ・・・


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我が祖国という言葉を、この熱い夏の、この寒い選挙においてほど、深く
噛みしめた事はなかった。
心の底から怒りが湧いてきたのだ。どうか国を愛するという意味を、そん
な薄っぺらな政治的プロパガンダに貶めるなかれ。
愛国心という言葉が連呼されればされるほど、本当の愛国者の心底は
どこまでも冷え切っていくのだ。
明治以来、「祖国」という主題について、多くの日本的良識が煩悶と懊悩
を重ねてきた。西郷隆盛、夏目漱石、正岡子規、森鴎外・・・・・。
戦後の知性と謳われた江藤潤の遺作は西南の役の物語だった。敗走に
次ぐ敗走の戦のなかで、
誰一人として脱落者がいなかったのはなぜか・・・・・・・・・・・・・・?
寺山修司は戦後、こんな虚無的な歌を吐いて捨てた。
「・・・・・・・・・・身捨つるほどの祖国はありや」
・・・の前段は「マッチ擦るつかの間 海に霧深し・・・」
マッチは70年前の戦争のこと、彼は激戦地からの帰還兵だった。
そも「祖国」とはなにか?それは私たちの先祖たちが営々と築き上げてき
た日本の風土、文化である。それは私たちの胸奥に原風景として生きて
いる、「あるべき国の姿」である。
その「あるべき国の姿」とは私自身であり、家族であり、故郷である。それ
はまさに存在の証しに他ならないのだ。
だからそれを守り、後世に伝えるためなら、命だって惜しくはない。
外敵からは無論である、が問題は内なる敵である。
西郷とその一党は、「あるべき国の姿」である祖国のために、明治政府という
国家権力と戦い、殉じた。行き過ぎた欧化政策で祖国をそこなうくらいなら
いっそのことなくなればいいという命がけの意思表示だった。
今国家権力がめざしているのは何か?「めざすべき国の姿」では断じてない。
彼らのいう愛国心の国とは、ただの利権構造のことであり、わが祖国に敵対
する行為なのである。
祖国というのは、私たちを地球と結びつけるひとつの概念であり、だから私た
ちの存在そのものに他ならない。
であるならそれは万難を排して継承していかねばならない。それを冒涜しよう
とするものから、守りぬかねばならない。
その先に『平和』がある、そんな気がする。
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Posted by 熊本の結婚相談所むつみ会 at 11:20│Comments(0)
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